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2005.07/16(Sat)
Return to flight
野口宇宙飛行士が搭乗するディスカバリー号は発射延期となりましたね。
NASATVの前でその様子を見ていて楽しみにしていましたが、なんと飛行士たちが乗り込んだ後に不具合が生じ打ち上げ中止となってしまいました。カウントダウンの最中に燃料タンクのセンサーのひとつが異常を示したとのことです。カウントダウン以前にわからないことなのでしょうか?


米ソの競争から始まった宇宙飛行は、1961年5月15日のケネディの「人間を月に着陸させ無事に帰還させる」という演説を受けて「ジェミニ計画」が始まり、それを実行するためのアポロ計画、すなわち人類を月に送るという計画がはじまりました。
アポロ1号は1967年1月27日に訓練中に火災が発生し、3人の宇宙飛行士が命を奪われるという事故にあいましたが、その2年後の1969年4月17日、アポロ11号が月面着陸を果たし、人類ははじめて月に到達しました。38歳のアームストロングが「That's one small step for man one giant leap for mankind」(人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ)はあまりにも有名なせりふですね。


もしケネディ大統領の演説がなかったら、人類は宇宙へと飛び立っていなかったかでしょうか?


アポロ11号から17号までの探査船で月に行かなかったのは、映画にもなった「アポロ13号」ですが、アポロ13号は1970年4月11日13時13分に打ち上げられて、月の「嵐の海」に着陸する予定でした。しかし打ち上げから55時間55分後に酸素タンクが爆発して電力と酸素の供給が低下し、司令船の電力や酸素、燃料を節約するためにから月着陸船「アクエリアス号」に避難し、月の周りを回って地球への軌道計算を行い、無事に地球に帰還することができました。このころはアメリカはすでに月への飛行には興味を示さず、アポロ13号が危機に面したときはじめて注目したのでした。13号で13時13分にlaunchという キリスト教社会では忌み嫌われている13という数字のせいかどうか、わかりませんが最初から登場予定であった、クルーの一人が風疹の疑いで急遽、メンバーからはずされました。映画ではこのクルーのkenが、地上での司令船での地球への帰還プログラムのテストを必死に行っていましたが、実際本当なのであれば、クルーの一人のkenが風疹にかかって地上に残り、アポロ13号の危機からの脱出に一役買ったのは神の恩寵でしょうか。打ち上げから6日後にアポロ13号は無事に地球へと戻ってきたのでした。


1972年にコストのかからない使いまわしのできる宇宙船をというスペースシャトル計画が始まり、1981年4月12日に初のスペースシャトル「コロンビア号」が打ち上げられました。



日本で始めて宇宙飛行士が募集されたのは、1983年で、募集には女性45人を含む533人が応募し、1985年その中で選ばれたのは毛利衛さん、向井千秋さん、土井隆雄さんの3名でした。


しかし1986年1月28日、「チャレンジャー号」が打ち上げ73秒後に燃料タンクが空中爆発し、乗組員7名が命を奪われるという悲劇が起こり、宇宙飛行の見直しが行われました。1988年9月に「ディスカバリー号」で飛行が再開され、日本人発の宇宙飛行士となる毛利さんは飛行士に選ばれてから実に7年後の1992年9月12日23時23分、ケネディ宇宙センターからにエンデバー号で宇宙へと向かったのでした。毛利さんの宇宙授業は多くの子供たちの宇宙への夢を広げてくれたでしょう。毛利さんは2回目、52歳でまた宇宙へと飛び立っています。そして心臓外科医のアジア女性初の宇宙飛行士として、向井千秋さんが1994年、7月9日01時43分にコロンビア号で、2年後の1996年1月11日18時41分に若田光一さんがエンデバー号で、そして1997年11月20日4時46分に土井孝雄さんがコロンビア号で宇宙へと飛び立っています。


今回搭乗予定の野口聡一さんは5人目の日本人クルーとなります。


2003年1月16日午前10時39分(米国東部時間)ケネディ宇宙センターより打上げられたコロンビア号が2003年2月1日午前9時00分ごろ(米国東部時間)、もうすぐ地球へ帰還するという大気圏突入後(8時44分)「コロンビア号」は空中分解し、初のイスラエル人クルーを含む7名全員が帰らぬ人となりました。その事故の原因は打上げ81秒後に断熱材の大きな破片、また少なくとも2個の小さな破片が、外部燃料タンクのバイポッド部から落下し、一番大きな破片がコロンビア号に衝突したことであると報告されました。



多くの犠牲や苦難の上を乗り越え、宇宙開発はすすんでいきますが、
このスペースシャトル「ディスカバリー号」は2年半ぶりのミッションであり、「return to flight」は大きなアメリカの、NASAの威信をかけた大変緊張とストレスのあるミッションであります。


笑顔で「行ってきます」とかいた紙を前にし、シャトルに乗り込んでいき、笑顔でまた降りてきた野口さん、とても頼もしく感じました。何回か延期となっているこのミッション(野口さんは牡羊座で現在90度の関係にある蟹座に土星がいすわっているが、ネイタルの木星と60度の調和的関係にある)、何かと忍耐や根気、我慢、遅延の時期ですが、7月17日に獅子座に土星が移るので今後を期待したいところです。不具合の調査には時間がかかりそうですし、打ち上げにはもろもろの気象条件とか加味しないといけないと思いますが日本時間で8月5日の新月以降、9月4日の新月以降、ルミナリーズがベネフィックプラネットと調和的アスペクトをとる日がいいですね。
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